読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

恋愛や人間関係の悩みを解決していくブログ

恋愛や人間関係に悩んでいる人は読んでみてください。きっと解決に向かっていくはずです。

無視ばかりされると感じるのは、存在感がないからではなく、自分の存在を見せつけようとするから

本当の自分を発揮する

 

こんにちは。上村です。


今回は、「文学的余韻のある話」をしたいと思います。(笑)


『シェークスピア』の話です。


シェークスピアは、

16世紀のイギリスの作家です。

 

誰もが聞いたことがある名前だと思います。

 

「リア王」「オセロ」「ハムレット」「マクベス」「ロミオとジュリエット」・・・

と、挙げていけばキリがないくらい、数多くの作品を書いた人物です。

 

ところで、このシェークスピアには、一つの「怪情報」があるらしい。

「シェークスピアは、実はシェークスピアではない」という説です。

 

「じゃあ誰?」と思いますよね。

 

作品の数々は、厳然と残っています。

 

それらの作品は、実はシェークスピアではなく、

「別人が書いた」という説です。


別人って誰でしょうか?

 

ささやかれているのは、

シェークスピアは「フランシス・ベーコン」という説。


ベーコンは、イギリスの哲学者です。

もしこれが本当なら、大変ですね。

 

ベーコンのような哲学上の仕事をした人が、

世界的名作と呼ばれる数々の戯曲まで書いたことになります。


いくら何でも、仕事のし過ぎでしょう。(笑)

 

まさに驚天動地の説ですね。

 

もちろん、「シェークスピア=ベーコン」説は、

万人に支持されているものではありません。


「源義経=チンギス・ハン」と同じで、

この手の話は、都市伝説風の色合いがありますね。


しかし、シェークスピアが「謎の多い人物」であることも確か。

謎は謎を呼び、

信じがたい説にまで膨れ上がるのは、よくあることです。

 

ところで、ここからは、僕の想像話になります。


例えばここに、

「陰謀論や伝説を信じやすいタイプの人」

がいるとしましょう。


さっきの「シェークスピア=ベーコン」の話とかを、

鵜呑みにしてしまうような人ですね。


そんな人が、シェークスピアの作品を研究しているとします。


もちろん今まで、「シェークスピアの作品」と思って、

愛読してきたのです。


ところが、ひょっとしたらベーコンかもしれない。


彼に頭の中に描かれた「シェークスピア像」は、

だんだん崩れていきます。


今度は「ベーコン像」を作り上げないといけない。


今まで、熱心に研究してきた愛すべき「シェークスピア像」が、

あやふやになっていくのです。


まさに、ロミオとジュリエットの名文句、

「ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?」

というセリフに似た気持ちになります。

 

そこにいるのは、ロミオなのです。


しかしロミオはロミオであるが故に、ジュリエットとは結ばれないのです。


ロミオという存在は確固たる存在でありながら、

ジュリエットは、その存在を時にあやふやに見てしまう。


「ロミオはロミオのままでいてほしいけど、

でもロミオだったら結ばれないから、やっぱり別のロミオになって」

みたいな複雑な心境になるのです。


存在がハッキリわかって、初めて安心感を持つことができる。


ところが、この「存在感」を間違って意識している人がいます。

 

存在感というのは、アピールしてどうにかなるものではありません。

 

いやむしろ、わざとらしくアピールすることで、

かえって存在感が薄れる。


「オレを見ろ」「私を見て」

みたいな気持ちでいると、意に反してどんどん相手は遠ざかっていきます。


そのままでいれば、シェークスピアでいられるのに、

余計な説が出て、あやふやになるようなものですね。


自分に関していうと、その「余計な説」を流しているのは、

他ならぬ自分自身なのです。

 

例えば、変な例ですが、バレンタインデーで、

「チョコレートを○○個もらったんだよね」と自慢する人がいます。

 

それは「存在感を薄めている行為」なのです。

 

自己宣伝のつもりが、「逆」になるのです。

 

当然ですが、そんなものをいくらたくさんもらっても、

人間性とは何の関係もありません。


自慢が多い人もそうですね。


「オレって凄いんだよ」と強調すればするほど、

「凄くない」と思われていきます。

 

浅はかなことを自慢すればするほど、たいした人間ではないということを、

自分で言っているのと同じになります。

 

つまらないことを、さも凄いことのように言うのは、自信がない証拠です。

 

本当に大切なものがあるのです。

 

大切なことは、「自分がしっかりする」ということですね。

 

見栄ばかり張ってしまうのは、自分がしっかりしていないから。

 

自分の価値を落とすようなことを、自分自身でしているのです。

 

「他人の人生に憧れる」人がいます。


「○○のような生活がしたい」と羨望の目で見る。

 

でも、他人の人生はその人のものであって、自分の人生とは違います。

 

「自分の人生を歩もう」と決心した時、

堂々とした態度が自然に養われていくでしょう。

 

そうすれば、きっと素朴な思いやりも発揮できるはずです。



・今回のまとめ

見栄はいりません。

自分なりの人生を、精一杯歩むこと。

それが、本当の意味の「存在感」です。

 

 

 

何をしても愛されないのは、愛されないからではなく、

「愛され方を知らないだけ」なのです。


プレミアムメールマガジンに書いていることを、

即実行してみてください。


愛されない悩みは、ウソのように消え、

あなたの日常に、衝撃的な変化が生じることでしょう。