コミュニケーションが苦手なのは、本当は苦手なのではなく、自分でそう思っているだけ。なぜなら人は自分が思った通りの自分になっていくから
こんにちは。上村です。
突然ですが、
あなたは学生時代の「校長先生の話」をどれくらい覚えているでしょうか?
週一回とか、月何回とかに、
校長先生が朝礼等で話をされると思うのですね。
その内容を、今覚えているでしょうか?
「記憶に残っている」という方もいらっしゃるでしょう。
でも、「ほとんど覚えていない」という方が多いのではないでしょうか。
僕は、一つだけ覚えていることがあります。
それは、ある時、壇上に上がった校長先生が、
話すことがなかったのでしょう。
挨拶だけして、終わったことです。(笑)
まあこれは冗談ですが(出来事は事実です)、
何かインパクトがないと、記憶には残らないかもしれない。
しかし、ここで誤解があるのです。
覚えているからといって、別にそれが「いいこと」とは限りません。
さっきの校長先生は、印象に残っていますが、
生徒の心に感動を与えるようなことをしたわけではありません。
「何だ、何も話をしないのか」
とツッコミを入れられるようなことをしただけです。
でも、せっかく話をしても、自分の話が生徒に届いていないのも辛いでしょう。
どうしてそんなことになるのでしょうか?
もちろん、悪い話をしているからではありません。
校長先生ですから、きっといい話をしているのでしょう。
「勉強なんかしなくていい、授業なんか聞かなくていい」
なんて校長先生がいたらおもしろいですね。
でもそういった人は、校長先生には不向きです。(笑)
だからといって、「勉強しましょう。授業を真面目に聞きましょう」という話なら、たいして印象には残らないでしょう。
当たり前のことだからです。
「当たり前がどうでもいい」という意味ではありません。
「型にはまったお説教」では、誰も耳を傾けないということなのです。
自分が聞く側になってみれば、わかることですね。
せっかくのいい話なら、相手の気持ちに届かせたいと思います。
たとえ一人でも、その話に感銘を受けたなら、それで大きな意味があるのです。
ただ、あまりに「義務化された話」では、本来なら生徒にとってためになる話でも、ほとんど聞いていないというようなことになって、惜しいと思うのですね。
これは単なる一例です。
「職場」にだってそういうことはあるでしょう。
上司の長い話ほど、やっかいなものはありません。
「早く仕事をさせてくれ」と思います。(笑)
結婚式のスピーチもそうですね。
「長すぎる乾杯の音頭」ほど、しらけさせるものはないでしょう。
まるでバラエティー番組のように、刺激的な話を繰り返す人もいますが、
いい話とは、本来そういうことではありません。
トークの達人とか、座談の名手とか、そんなことはたいした意味はないです。
しかし、多くの人は誤解し、「自分は話し下手」「コミュニケーションが苦手」と思い込んでいるのです。
何かうまくいかないと、「病名的なもの」をつけてしまう傾向もありますが、本来おかしなことです。
もし世の中が、トークの達人だらけだったら、やかましくてしょうがないですね。(笑)
そうではなく、大切なことは、「自分の特徴をどう生かすか」です。
ないものを求めるよりも、「あるもの」を発揮すべきです。
「自分には何もない」と言う人もいますが、そんなことは決してありません。
「あるもの」を才能だとか、そういった技術的なものと考えるから、見つからないのですね。
例えば、優しいとか、真面目だとか、それは大きな「才能」です。
むしろ「根本」はそういうことです。
誠実さもないのに、言葉巧みに異性を口説いているとか、そんな人はいつか化けの皮が剥がれるものです。
いつもごまかしていたら、自分にとってやっかいなことになっていきます。
大切なことは、「根本に目を向けること」です。
一時的な賞賛を求めていると、だんだん行動が歪んできます。
「長期的な信頼」こそ、大切です。
あなたがどんな人を信頼するかを考えれば、自ずから答えは出ますし、自分の態度も決まってくるでしょう。
・今回のまとめ
ないものを求める時間を、あるものを発揮する時間に変えていく。
それだけで、人生が変わっていくでしょう。
あなたが「愛の弱者」だと思うなら、
あなたは誰よりも「愛の強者」になることができます。
その秘術を書いたものです。
ここで書いてあることを、そのまま実行すればいいだけです。
あなたが、恋愛や人間関係で「愛されない」と悩んでいるなら、たった二つの真理を知るだけで、それは解決します。
1.追いかけるのをやめる
今すぐ、「真理」を知ってください。