恋愛や人間関係の悩みを解決していくブログ

恋愛や人間関係に悩んでいる人は読んでみてください。きっと解決に向かっていくはずです。

「駆け引きなんていらない」という話

こんにちは。上村です。

突然ですが、急に、
「うどん焼き」が食べたくなったことがありました。

そういうことって、ないでしょうか。
普段あまり食べないのに、なぜか急に食べたくなること。

スーパーで、「うどん」と「具材」を買いました。


さて、夕食の時間。

早速、「うどん焼きを作ろう」と思って、
冷蔵庫から具材を取り出す。

野菜たっぷりがいいですね。
鍋に油を引き、用意した具材を入れ、炒めます。

あっ、「肝心なもの」を忘れていました。
冷蔵庫から「うどん玉」を出します。

うどん焼きですからね。
これがないと始まりません。

再度、冷蔵庫を開いて、うどんを取り出そうと思ったら・・・

なぜか「ない」のです。

鍋の火をいったん止めて、探しました。

でも、いくら探してもないのです。

そんな馬鹿なことはありません。
確実に買ったはずなのです。

うどん焼きを作ろうと思ったのですから、
肝心のうどんを買い忘れるはずがありません。

しかし、ないものはない。

「うどんよ、どこへ」

結局、うどんは見つからなかったのです。
「消えたうどんのミステリー」です。

月曜サスペンス劇場です。

冗談はともかく、ないものはないので、仕方ありません。

幸い、「中華めん」が冷蔵庫にあったので、結局それを入れました。

「焼きそば」になってしまった。

それにしても不思議ですね。
買ったはずのうどんが、どうしてないのでしょうか?

たまたまレシートがあったので、確認してみました。

するとどうでしょう。
レシートに「うどんの品名」はなかったのです。

つまり「買っていなかった」ということ。

でもそんなはずは・・・

しかし、レシートがそうなっているのですから、
疑う余地もありません。

うどん焼きを食べようとして、うどんを買い忘れるなんて、
我ながらどうかしています。

でも、意外にそういうこともあるかもしれませんね。

スーパーでの「僕の行動」を振り返ってみましょう。

うどんは、言わば「当たり前のこと」だったのです。

「具材」の方を気にしていました。

なので、「本体」を忘れてしまったわけです。


そこで思ったのですが、
こういうのは「自分の人生」にもありますね。

買い忘れという話ではなく、「人生論のこと」です。

「細部にとらわれて、本体を忘れる」
きっとそんなことがあるのではないでしょうか。

例えば、恋愛でもあるでしょう。

好きな人のささいな行動が、いちいち気になること。

好きな人と食事をしたとします。

相手が、別れ際に「何気ない一言」を言ったとする。
その言葉が、気になって仕方がないのです。

自宅に戻ってからも、相手のその言葉を思い出す。
そればかり考えています。

しかしこの人は、「肝心なこと」を忘れています。

好きな人と一緒に食事をして、とても楽しかったはずです。

その「事実」はどうなるのでしょうか?

単なる一言と、一緒に食事をしたという事実と、
どちらが大切でしょうか。

「嫌われたのではないか」「相手は気分を害したのではないか」
などと考えるのは、せっかく付き合ってくれた相手に対して、逆に失礼になるのではないでしょうか。

もちろん恋愛は、わかりやすい例として出しただけです。

どんなこともそうですね。

大切なのは「本体」です。

細部は細部。

細かいことにこだわって、肝心なことを見失っていたら、
それこそ本末転倒になります。


「最も大切なことは何か」を考えるべきですね。

すべてのことがそう。

「最も大切なこと」「最も必要なこと」「もっとも重要なこと」を、
一番に考えるべきです。


例えば、「人間関係にとって一番大切なこと」は何でしょうか?

それは、お互いの「信頼」です。

信頼とは、心の自然な発動です。

ところが、人間関係をテクニック的に考えると、おかしなことになってきます。

作戦、説得術、アプローチなど、
誠に「表面的なこと」に心が行ってしまいます。

「姑息なことばかり」をして、
本当に大切なことを忘れていってしまうのです。

その結果、物事が行き詰ってきます。

自分自身が苦しくなります。

「買っていないうどん」を、あたかも買っているかのように事実をねじ曲げる。

そんな行為ばかりしていると、だんだん自分のことが信じられなくなっていきます。

レシートに自分で、
「うどん 二玉 100円」
と書き入れるようなものです。

もちろん、それに何の意味もないことは、言うまでもありません。

人生についても、同じようなことが言えるのではないでしょうか。

いったい何が「本当に大切なこと」なのか?

それを素直な気持ちで考えてみる。

そうすれば、人間関係も恋愛も、その他いろいろなことに悩んでも、
必ず解決策を見つけることができるでしょう。


・今回のまとめ

困った時は「本当に大切なことは何か?」を改めて考えてみよう。

「本体」こそが大切です。

人間関係も恋愛もその他の関係も、根底は「信頼」にあります。

 

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恐怖は、自分が勝手に作り出したもの

こんにちは。上村です。

あなたは、『魔女裁判』というものをご存知でしょうか?

中世ヨーロッパ等で起こった、「魔女」に対する裁判ですね。

魔女といえば、『魔女っ子メグちゃん』(年がわかる)とか、可愛いアニメを連想するかもしれません。

しかし、中世の「魔女裁判」は、そんなものではありません。
恐ろしい出来事だったのです。

例えば、「あいつは魔女に違いない」というウワサが立つとします。

すると、逮捕されて取り調べを受ける。

ちなみに、魔女にされたのは、女性に限らず、男性もいたらしい。

取調べの結果、「魔女」だとわかったら、迫害を受けるのです。

しかし、「魔女の証拠」なんてどうやって見つけるのでしょうか?

もちろん見つかるはずもありません。
魔女などいないのですから。

自白を強要し、それを証拠にする。

「アイツは魔女だと認めたから魔女だ」
と。

実にむちゃくちゃな話です。

理不尽極まりないことが起こっていたのですね。

いったん魔女だとレッテルを貼られると、そこには理性など働きません。

魔女というのは恐怖の対象ですから、「早くどうにかしろ」となって、数多くの人々が迫害されたのです。

それに異議を唱えたら、「魔女をかばうあいつも魔女に違いない」と疑われる。

恐怖からみんな口をつぐんでしまって、結局わけのわからない裁判が延々と続いたのです。

「迷信極まれり」の状態だったのです。

どうして、こんな馬鹿げたことが平然と行われていたのでしょうか?

いろいろな事情があるのでしょうが、一つには「社会不安」があったのかもしれません。

いつの時代にも社会不安はありますが、中世は「迷信」が幅を利かせていた時代。

その恐怖心が、魔女というものを作り出し、それを迫害する雰囲気が生まれたのです。

いわば、「集団ヒステリー状態」です。

でも、これは何も集団に限った話ではありません。
個人でもあることですね。

恐怖にかられていたのでは、正しい判断ができなくなります。

恋愛や人間関係でも、最初は好きだから付き合っていたのに、次第に「フラれるのが怖い」「嫌われるのが怖い」という気持ちになる。

すると、元来楽しいはずの付き合いが、恐怖心を解消するための付き合いになってしまう。

これではうまくいくはずもありません。
自分も相手も辛いだけです。

自分で「迷信」を作り出して、勝手に怖がっているのです。

今一度、落ち着いた「素朴な気持ち」を思い出すことが大切です。

理性的になることですね。

そうすれば、「前向きな考え方」を取り戻していくことができるでしょう。

自分の環境に、いい影響を及ぼすでしょう。


・今回のまとめ

自分で勝手に恐怖を作り出してはいけない。

もっと落ち着くことです。

正しい考え方に、恐怖のつけいる隙はありません。

 

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「もうどうしていいか」わからず悩んでいる人に捧げる話

こんにちは。上村です。

僕が子供の頃、家で「猫」を飼っていました。

その猫について、こんな思い出があります。

ある日のこと。
突然その猫が、姿を消してしまったのです。

僕は、たいへんショック。
近所を探してみたのですが、見つかりません。

どうして突然いなくなってしまったのでしょうか?
いったいどこへ行ってしまったのか?

猫は元来、自分の知らない場所に行くのは、怖がるもの。

なのにいなくなるのは、とても不思議です。

数日経って、あきらめの気持ちも芽生えていた矢先、猫は「ひょっこりと戻って」きました。

突然、庭でニャーと鳴いたと思ったら、うちの猫だったのです。

とても嬉しかったです。
まさに、菊池寛作『父帰る』ならぬ、『猫帰る』。

でも、数日間も、どこで何をしていたのでしょうか?
よくわかりませんが、戻ってきて何より。

それにしても不思議ですね。

その猫は、赤ちゃん猫の時から、ずっと家で飼っていました。
外出したことはありません。

庭に出ることはあっても、それより向こうに行ったことはないのです。

数日間も、どこかでウロウロしていたら、自分がどこにいるのか、わからなくなるはず。

人間みたいに、道を聞くわけにもいきません。

ところが猫は、ちゃんと家に戻ってきたのです。

地図を見るわけでもないのに、どうしてそんなことができたのでしょうか?

実は、似たような話は、結構あるみたいですね。

極端な例になると、引っ越し先の家から、突然猫がいなくなったと思ったら、「元の家」まで戻ったりとか。

距離が離れているのに、なぜか猫は舞い戻ることができたのです。

どう考えても、これは偶然ではありません。
「適当に歩いたら見つかった」ということではないでしょう。

猫自身の気持ちかはわかりませんが、それなりに「確信」を持ちながら歩いていたのではないかと思うのです。

何かしら、不思議な力が働いたのかもしれませんね。

今、「不思議な力」と書きましたが、よく考えてみると、これは不思議でも何でもないかもしれない。

我々人間だって、「理屈では説明できないこと」に遭遇することがあります。

ささいな出来事だと忘れてしまいがちですが、今までの人生で、そういったことが幾度かあったはずです。

ものすごく困っていたら、突然救い主が現れて、助けられたりとか。
きっとあなたの過去にもあるでしょう。

人間には、自分にはどうすることもできないことがあります。

自分のできることを精一杯頑張れば、もうそれでいいのです。

後は、未知の力が、きっと物事を前に進めてくれるに違いありません。

「人事を尽くして天命を待つ」という言葉がありますが、そんな感じですね。

例えば、出会いなども、コントロールできるものではありません。

今の人間関係を、過去のあなたが想像できたでしょうか?

どうしようもないこと、自分の力の及ばないことは、素直に「天命」を待つことです。

自然に任せるべきです。

あなたが、誰かといさかいを起こしたとしましょう。

仲直りしようとしても、相手が受け入れてくれない。

そんな時は、あたふたするのをやめて、時間を置くことです。

きっとまた、状況が変わってくるはずです。

こんがらがった糸も、少しずつほどけていきます。

あなたを、今まで導いてくれた力が、きっと味方になってくれることでしょう。


・今回のまとめ

日々できること精一杯すれば、それで十分です。

どうしようもないこと、自分の力の及ばないことは、素直に「天命」を待つ。

あなたを、今まで導いてくれた力が、きっと味方になってくれることでしょう。

 

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     1.追いかけるのをやめる

     2.「途方もない愛される力」を実践する

 

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